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2005年04月19日

フェンリル・エクスペディション ~あかゆさんの冒険~

第一話
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 砂塵が舞う。
練武場から少し離れたこの場所は、周りをゴツゴツとした花崗岩で囲まれた天然の闘技場だった。
年に1.2回しか使用されないこの闘技場で、俺は一人の男と対峙していた。
つい先日まで、いや今この時点でも俺の教官である目の前の男は、数分後には俺と同列になるだろう。
周囲で勝敗を見守る訓練生は、その証明人だ。
教官の右手に握られた得物は、完全に刺突に特化した短剣スティレット。
俺の右手には何の変哲も無い片刃のダガー。
この最終試験が始まる直前に武器を選ばされたが、俺はどの武器も選ばず
長く使い慣れた自分のダガーを選んだ。
長く使った愛着があったのか?と言えば確かにあったかもしれないが
どちらにしろ明日からは新しい武器の修練が始まるのだ。
過程でしかない現在の得物など関係ないことだった。
 砂塵が舞う。
土色の薄いヴェールの向こうで、教官が忽然と消える。
乾いた地面を踏みしめる。
小さな気配を察知し、体の向きは変えずにステップで背後に跳ぶ。
直後、俺が立っていた場所に、獣が飛び込んでくる。
スティレットの爪は空を切る。
教官は一瞬こちらを見る。赤々とした鈍い光を放つように見えるその目は、殺気を帯びた肉食獣の目だ。
そのまま両足の跳躍だけで斜め後ろに跳び、砂塵の中に消える。
吹きすさぶ砂嵐のせいで、教官の姿は見えない。
たまに聞こえる砂を踏みしめる音も、近いのか遠いのわからない。
砂を踏む音が消えたと思ったその直後、砂のカーテンの向こうから現れる獣。
突き出されたスティレットの刀身にダガーの刀身を合わせる。
鉄と鉄とが鍔迫り合う。
ふと、スティレットの重みが僅かながら少なくなる。
途端左の脇腹に迫る気配を感じ、空いた左腕でガードする。
蹴りを左腕で止めると、こちらも右足の蹴りで応酬する。
しかし蹴りを止められた時点でこうなることを読んでいたのか、それはあっさりと躱され
同時に教官は背後の砂塵へと跳ぶ。
またも四方の視界が閉ざされ、聞こえるのは踏みしめる砂の音のみ。
この中では、視覚も聴覚も役にはたつまい。
相手が現れた瞬間にカウンターを返すしかないだろう。
初めてみる教官の本気。殺気を帯びた短剣の切っ先。
しかし俺は怯えない。俺はこんな所で止まるような男ではない。
ダガーを強く握る。次で片をつける。
踏みしめる砂の音が消える。
直後、砂のカーテンの向こうから突き出されるスティレット。
ダガーを握る右腕を突き出す。
俺の息の根を止めようと突き出されるスティレット。それに合わせるように突き出す俺の右腕。
恐らく教官は、先程と同じく鍔迫り合いになると思ったのだろうスティレットに渾身の力を込めていた。
しかし渾身の力を込めた教官のスティレットは空を切る。
俺は確かにダガーを突き出した。『鍔迫り合いになると思い込ませる』ために。
そして教官は先程と同じく鍔迫り合いになると思い込んでいたため気づかなかったのだ。
俺がダガーを逆手に持ち替えていたことに。
あると思っていた刃がなければ空を切るのは当たり前だろう。
バランスを崩し、前のめりに倒れかける。
その体を抱え込み、ダガーを教官の首筋に当てる。
砂嵐が止む。晴れた視界に呆然と眺める訓練生の姿が見えた。
「ま、参った…」
 そう言って教官はスティレットを手から落とす。
スティレットは硬い地面に落ち、澄んだ音を立てた。
俺もダガーを首筋からはずし、ダガーを持った右腕を下げた。
教官は大きく息を吐く。俺も大きく息を吐く。やはり予想以上に緊張していたのか全身が強張っていた。
教官が俺に真っ直ぐと向き直ると、俺も教官へと真っ直ぐに向き直る。
教官の目はいつもの、厳しいが人間味のある目に戻っていた。
そしてゆっくりと喋りだした。
「あかゆよ。長い修行を良く耐えた。そしてお前は私をも破った。
 お前の実力は完全に私を越えた」
 そこで間を空け、教官は俺の肩に手をかけた。いつもの厳しい表情が少し緩んでいるように見えた。
「あかゆよ。お前は今日からアサシンだ」
 周りから歓声が巻き起こる。振り返るとその中に見知った顔を見つけた。
そいつは、歓声の中でも一際大きな声を上げて、まるで自分のことのように喜んでいた。
俺はそれを見て、柄にもなく、
頬を緩めて笑ってしまった。

投稿者 lirim : 2005年04月19日 17:18

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