2005年04月19日
第一話-4-
「話なら早く済ませてくれよ。確かに俺は暇ではあるが、お前のために割く時間よりは
暇だ暇だとわめいてたほうが有意義だマジで」
ギーガは俺の皮肉を完全に無視して隣の席に座った。
マスターを見れば口に手を当てて笑いを堪えていた。なんとなく恥ずかしくなり顔を背ける。
「まぁそう言うなよあかゆ。俺はお前がそろそろ財政ピンチだと思っておいしい話を持ってきたんだぞ?」
「ぐっ…」
『おいしい話』という言葉にはつい反応してしまう。こっちは明日の食事が靴になるかの瀬戸際だった。
しかしそんな旨い話があるはずがない。しかも相手がギーガだ。できるだけ動揺を隠し黙る。
「なんでそう警戒するかなぁお前は…」
「法律にひっかかるのは勘弁だぞ」
「ハハハハ。相変わらずあかゆの冗談はつまらないな…」
かなりの割合で本心だった。目の前の親しげに話しかけてくる男。ギーガとは初めて依頼を受けた時
2人で組んで仕事をしてから、なぜかことあるごとに2人組での仕事で鉢合わせるようになった。
こういうのを腐れ縁と言うのか、最近では今のようにギーガから俺に仕事の話を持ってくることも多い。
そのためまだ初めて会ったからそう経っている訳ではないのだが、マスターと同じく。いやもしかすると
マスター以上に気軽に話すことができる相手だった。
だが俺もこうは言ってはいるが、ギーガが悪い奴ではないのは知っていた。
ただ問題なのは…
「あー… だけどもしかすると… 法にひっかかるのかもなぁ…」
こいつは馬鹿だった。あまり物事を考えない。思い立ったら即行動と言えば聞こえはいいかもしれないが
付き合わされる身からするとたまったものじゃない。現に過去に今回のように「うまい話」を持ってきたことが
数回あったが、その度に俺は労力に見合わない本の少しの利益、があればいい方
骨折り損のくたびれ儲けを何度も経験した。案の定今回も何かあるようだった…
ある意味最初に問題点が分かった分断るのが早く済んだか。
無言で椅子から立ち上がる。今度はネタを仕込む気力すらない。
「ちょっとまった話を聞け!話を!」
ギーガが立ち上がろうとする俺の腕にしがみ付く。
「離せ!お前の『もしかすると』は『絶対』と同義語だ!俺はまだアリーナにいきたくない!」
とは言うが、悔しいが力はギーガのほうが上だ。
話を聞くことになるのだろうなぁというのはわかっていたりした。
決してギーガに力負けをしたから聞くのではない。
ギーガの熱心さに負けたという素振りを見せて椅子に座りなおす。
カウンターに肘をつくと、露骨に『私は気乗りしません』という表情を作ってギーガを見る。
「まぁほら。これでも飲めよ」
ギーガはそう言ってグラスを差し出す。そう言えばずっとカウンターに放置してたな。
話を聞くにしても、確かに頭が痛くなってきたので酒を入れたかった。
グラスを受け取り一口グラスから口に含む。チョビチョビとしか飲めないのは貧乏性なんだから仕方ないのだ。
「……」
「どうした?」
ギーガが顔に?を浮かべてこちらを見ている。こんな奴が顔に?浮かべててもまったくかわいくない。
同時に、ああこいつ酒嫌いだったな。と思い出した。
「いや、なんでもない…」
グラスを覗き込む。グラスには八分目まで茶色の液体が注がれている。更にグラスに口をつける。
口の中に濃厚な甘い味と、仄かな苦味が広がる。
………
「……まぁ、頭痛には丁度いいんじゃないか?」
マスターは右手に持ったグラスを磨きながら話す。俺の気持ちを察してくれるのはマスターだけです。
まぁ、マスターお勧めの一品はまずくはないし、むしろうまいし、実際俺のただの勘違いだし。
脇腹に手を当て茶色の液体を一気に喉に流し込む。これが風呂上りなら、それはそれは絵になっただろう。
「で、どういう話なんだ」
腹を括る。外交政策にはぜひとも使って欲しいほどの華麗な譲歩。
「やっと乗り気になったか」
突っ込むまい。
「これは裏ルートからの情報なんでまだ表には出てないんだが…」
こいつは本当に裏とか闇とか真とかtrueとかの単語が好きだな。と内心思いながらも真面目に聞いている
振りをする。最後の単語はどちらかというと俺の趣味だが。
「最近プロンテラ北に新しく遺跡が見つかったのを知ってるか?」
ギーガがそう言った直後カウンターのほうからコトリと音がした。
見ればマスターが、磨いていたグラスをカウンターに置いてギーガを見ている。
グラスはまだ磨き終わったようには見えないのだが…
マスターにしては珍しいな、と思いながらも、そう気にすることでもないのでギーガの問いに答える。
「馬鹿にしてるか?プロンテラ北の迷宮。別名迷いの森。
それぐらいプロンテラに住む冒険者なら誰でも知っているだろ」
実際プロンテラ北の迷宮はミッドガルドでも広く知られるダンジョンの一つで
その知名度はプロンテラのみならず、そこそこの実力がある冒険者なら、活動している地域によらず
名前ぐらいは知っているだろう。しかしギーガは俺の返答になぜかとても嬉しそうな顔をする。
「違う違う。場所としてはだな。ここがプロンテラ城だとするだろ?」
ニコニコとしたままテーブルの上にグラスを一つ置く。とりあえずやりたいようにやらせよう。
これが幼い子供をノビノビと育てる時のコツだ。
うまくノビノビ育てられれば、何でも望みをかなえてくれる電動コケシが未来からきてくれるとか。
「そしてこれがプロンテラ北の迷宮」と言ってプロンテラ城のグラスの正面奥
この場合は北といったほうが良いか。に置く。
「で、その新しく見つかった遺跡はここだ」
ギーガが示したのは、プロンテラ城とプロンテラ北の迷宮の間。
どちらかというと南寄り。位置としては…
「プロンテラ城の真裏じゃないか。こんな所に遺跡なんて…」
「だから新しく見つかったって言ってるだろ!」
言いかけた所でギーガが怒鳴る。溜息をつきながらも忠告してやる。
「……いいのかそんなに大声出して?裏情報じゃなかったのか?」
ギーガは口に手を当てると、雰囲気だろうか?なぜか身を低くして小声になる。
「でだ…。遺跡を発見したのはプロンテラ騎士団らしいんだが、まだ表に情報が出てない
ということはだ。まったく冒険者に荒らされていないってことだ」
ギーガは興奮している。目を輝かせている。確かに発見されたばかりの遺跡なら
荒らされていない財宝なんかがあってもおかしくないだろう。俺もまだ日は浅くても冒険者の端くれ。
そろそろ大きな山を当てたいという欲もあるし、未開のダンジョンと聞いてときめかないわけがない。
………
……だがそれはこの話が本当ならだ。綺麗なバラには棘があるし旨いものには毒がある。
ヤフオクで落札すると変な染みが付いている。そういうものだ。
正直こんな都合のいい話、信じろと言う方が無理だった。
しかしそれを除いても、ネタとしてはおもしろい話だ。もう少し深く聞いてみてもいいかもしれない。
「まぁ詳しい話をきかせ…」
「お前ら。あの遺跡に行くのか?」
その時俺の言葉を遮ったのは意外にもマスターの声だった。
「マスター?」
ギーガもマスターが話しに入ってくるとは予想していなかったらしくポカンとしている。
自分の表情は読めないが、俺もギーガと同じような顔をしているんだろう。
マスターは知り合いである前に、ここでは酒場のマスターである。
いつもなら、それがどんなに冗談のような話であっても、仕事の話である以上何も言わなかった。
話が終わった後に助言してくれることはあったのだが、話の途中で混じってくると言うのは
少なくとも俺には、初めての経験だった。
「いや… まだお前らには、未開の遺跡なんて早いんじゃないかとだな…」
マスターの声は珍しく慌てている。……?マスターが慌てている理由は読み取れないが
その口ぶりからするに…
「ってことは遺跡自体は存在するってこと?」
俺の言葉にマスターは「しまった!」と言いそうな顔をして硬直する。
その無言は肯定を意味するだろう。
「なんだマスターも知ってたのか。なら教えてくれればいいのに」
ギーガの言葉にマスターは更に押し黙る。理由はわからないがマスターは、その口ぶりからするに
遺跡の存在を恐らく俺やギーガより前に知っていたのだろう。
そしてやはり理由はわからないが、そのことを隠していた。
マスターの様子から、そうとしか取ることができない。
俺とギーガとマスターの間に微妙な沈黙が流れる。最初に我慢ができなくなるのがギーガだろうと
思ったが、またや意外にもマスターが沈黙を破った。
「はぁ… そうだな。そこまで知っているなら仕方ない。遺跡について話そう」
マスターは「まったく何処から流れたんだか」と悪態とも軽口とも取れる言葉を口にすると
小さく息を吸って小声で話し出した。
もう既にその左手にはグラスが握りなおされていて、グラス磨きを再開している。
「2日前、場所はプロンテラの真裏、場所はギーガが言った場所で間違いない。
そこの地下でプロンテラ騎士団が偶然、遺跡を発見した。
恐らく全盛期の遺跡だと思われるその遺跡の入り口には、プロンテラの紋章が刻まれていた」
ギーガを見ると口を「ホラ言っただろ」と動かしていた。
「別に遺跡の存在は隠していたわけじゃない。場所が場所だけにまずはプロンテラ
騎士団で調査することになったんだ。少し経てば一般にも情報公開されるだろう…。」
マスターが言葉を切る。俺とギーガと言えば呆然と聞いていただけだ。
「それだけ?」
話の簡潔さに、念のため聞いておく。
「今の時点で入っている情報としてはそれだけだ。というわけでとりあえずは一般の公開を…」
「ほぁら見ろあかゆ!俺の言ったとおりだろ!」
ギーガが立ち上がり大声を上げる。
流石のギーガも、この情報に半信半疑だったのだろう。
ギーガは情報の真偽を確かめずに、おもしろいネタなら無差別に買う癖がある。
その度に偽情報だと発覚し落胆してきたのは、もしかすると俺だけではなかったのかもしれない。
今のギーガの心境は、ずっと大穴狙いで買い続づけ、惨敗続きの中で遂に万馬券を
当てたようなものなのだろう。なぜか祝福できない例えだった。
だがそれほどまでに『未開のダンジョン』というのは珍しいものなのである。
生きている間に1回…。いや生きてる間にお目にかかれない冒険者も多いだろう。
だけどだ。ギーガはとりあえず少し落ち着くべきである。
「周り見ろって周りを…」
ギーガは、突然立ち上がった自分に向けられる周囲の目に気づくと、スゴスゴと座りなおした。
しかし俺も冷静に話してはいるが、ギーガと同じように大声で騒ぎたい気分だった。
今、自分の左胸に手を当てれば、必要以上に暴れている心臓の鼓動を感じることができるだろう。
視線を横に向けると、落ち着かない様子で俺の様子を伺うギーガの姿が目に入った。
恐らく俺の反応を待っているのだろう。
「おいあかゆ… ギーガ… とりあえず俺の話を…」
マスターが何か言っているが耳に入らない。俺は隣に座るギーガに返答する。
「その話乗った」
ギーガの顔がみるみる明るくなる。
俺が不安だったのは情報の真偽だけであって、未開の遺跡自体への興味は
それはもうかなりあったのだ。
マスターの話で信憑性が高まった以上、俺の答えは決まっていた。
同時に腕を突き出し、拳をぶつけ合った。
「そうこなくっちゃな!相棒!」
俺達は同時に椅子から立ち上がる。今度は誰に引き止められることもない。
善は急げと俺の先に立つギーガが
一言マスターに「それじゃいってきます」と言って外への扉を押す。
俺も酒場を出る前に一度振り返りマスターに言った。
「マスター!これでやっと恩返しできます!」
「………」
俺はそれだけ言うと、ギーガを追って、まだ半開きの扉に体を潜りこませた。
店内には、いつも変わらないジャズが流れていた。
………
「………」
ギーガとあかゆが出て行き、扉の閉じる音が耳に届く。
ミスティはその音を聞くと、いかつい顔を歪め、顔を伏せた。
そしてグラスを磨きながら先程のあかゆとギーガの話を反芻する。
あかゆとギーガが騒いだからだろうか、何時の間にか店内には客の姿がなくなっていた。
しかしミスティはそれにすら気づかず、左手に持ったグラスを磨き続ける。
「悩み始めるとグラスを左手に持つ癖、まだ直ってないんだなミスティ」
突然目の前から声がかかりミスティは顔を上げた。
目の前のカウンター席にはミスティの赤い髪とは対照的な青い髪の男が座っていた。
「………」
しかしミスティは注文を聞くこともなく、俯いたままグラスを磨き続ける。
ミスティと同世代だろう青髪の男は、そんなミスティに気にする素振りも見せず話し続ける。
「いいのか?お前さっきのガキ共に大分入れ込んでたみたいじゃないか」
ミスティは黙ったままグラスを磨く。
それを見た男はどこかの外国人のように、大げさに首をすくめてみせた。
ふとミスティがグラスを磨く手を止める。
「まさかとは思うが、あの情報を流したのはお前か?」
静かなミスティの声は、どこか思い詰めたような雰囲気があった。
「まさか。私にそんな細かいことできるわけないだろう」
男は言葉の最後に「だが見当は付いている」と付け足す。
ミスティは無言で続きを促す。
「恐らくアイツだろうな」
ミスティはそれだけで事情が読めたのか、グラスを置き溜息をついた。
「アイツもお前のことを思って…」
そこまで言ってから男は自分の口に手を当てた。
「すまない。それは言ってはならないことだったな」
男が頭を下げると、静寂が二人を包む。
「いや…」
ミスティの呟くように言う。
「理想的なのは… 遺跡であかゆとギーガが死ぬことだ…」
ミスティはグラスを磨く。
男はその言葉に、一瞬驚いたかと思うと酷く悲しげな顔をして言った。
「それは理想であって、お前の本心じゃないだろう…」
「………」
静かな酒場をジャズとグラスを磨く音だけが支配する。
男が席から立った。ミスティは男を見ない。
「言っても仕方ないのはわかっているが、本当にタイミングが悪いものだな…」
「……そうだな」
男は返答を期待していなかった。
そのため、その返答を聞いた男は、ミスティがとても弱気になっていることを察した。
悲しげな表情のまま外への扉の前に立つ。
そして扉に手をかけたところで男は言った。
「ここももう危ない。グラス磨きもいいが、そろそろ剣を磨いておけ」
バタンという音を立てて扉が閉まる。ミスティはグラスを置くと男が出て行った扉を無言で眺め
すぐに視線を戻すと、右手にグラスを持ち、磨き始めた。
店内には、いつも変わらないジャズが流れていた。
………
「っと、そういえばだ」
酒場から離れて幾分落ち着いたあかゆは、酒場に入ってからずっと感じていた違和感についてギーガに話した。
説明している間中あかゆを、信じられないものを見るような目で見ていたギーガは話が終わると
「お前本当に家からでてるのか?」
と言った。
社会不適格者の烙印を押すギーガに、少々の苛立ちを覚えながらも
ギーガの様子にただならぬ何かを感じたあかゆは、何も言わずに先を促した。
「で何があったんだ?」
ギーガは一瞬暗い顔をするとあかゆを正面から見据え、言った。
「2日前、ゲフェンが落とされた」
…………
………
……
…
「…………は?」
投稿者 lirim : 2005年04月19日 17:23