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2005年04月19日

第一話-1-

 ………
 チュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえる。
薄く目を開けると飛び込んできたのは見慣れた天井。
顔の形に見える天井の染みも変わらない。
「………」
 体を起こし、掌を握ってみる
「………」
 開いてみる。
「……夢か」
 あの頃の夢を見たのは初めてだ。というか、ここに流れ着いてから夢を見たことなど一度も無かった。
何で今更?と思いながらも夢を思い出す。遠くない昔のことを…
「くっ…」
 気づけば唇を思い切りかみ締めていた。口の中に鉄の味が広がる。
そして自らを襲う虚無感と、罪悪感に似た何か。自分がここにいてはいけない人間な気がしてくる。
俺はあの後……。
やめよう…。どうしようもない。俺は罪の意識より意地汚く生きることを選んだのだ。
ならば忘れるしかないだろう。どうしようもない。俺はいつもの俺に気持ちを切り替えることにした。
何処かから「本当にどうしようもないのか?」という声が聞こえた気がした。

 あかゆはベッドから起きだし、元々カーテンのない窓を開けた。
陽の向きから見ると恐らく8時か9時を回った頃だろうか。
ベッドからは窓が見えないため、起きて窓にいかないと時間を確認できない。
この部屋は入居した当初から、ベッドやテーブルなどの家具が
残っていたのだが、なぜか家具と床が釘で打ちつけてあり、動かせなくなっている。
そのためベッドには窓からの陽が当たらない。
当初は無理矢理ベッドを動かそうとしたこともあったが今は動かそうとは思わない。
ある日ほんの気まぐれから家具の配置変更を思い立ちベッドを思い切り引っ張った時のことだった。
メキリという木が軋むような音がして、なぜか突然隣の家が地面に陥没した。
後で聞いた話によると隣の家は、4人家族で越してきたばかりで
夕飯の一家団欒時に突然メキリという大きな音がして地面が陥没したらしい。
あの日から釘で打ち付けられた家具の場所が、その家具の定位置になったのである。
 あかゆは時間を確認すると腹ごしらえのため居間へと向かった。
軽く殴りつければ、穴が開きそうなほどの薄い板で区切られただけの居間には
バスケットの一つ乗ったテーブルと、食器のほとんどはいってない食器棚と
備え付けの二段の戸棚しかない。
あかゆは、いつものようにテーブルを見る。バスケットの中には空っぽの酒瓶とパンクズしかなかった。
つうとパンクズの零れた所に人差し指を這わせ、パンクズの付いた人差し指を親指で弄ぶ。
流石に指でパンクズを舐めとろうとは思わなかった。
手に付いたパンクズを払うと溜息をつきながら食料を買い溜めしてある備え付けの戸棚へと向き直る。
しゃがみ込み戸棚の二段目を開く。
「………」
 開いた棚の中に顔を入れ、戸棚の奥を覗く。
薄暗がりの向こうには何も遮るものはなく、薄暗がりしか見えない。
棚から顔を出し静かに戸を閉めると「はぁ」と又溜息をついた。
簡潔に言うと食料が無かった。これっぽっちもなかった。
わざわざ棚に顔を突っ込んだというのにカビたパンすらなかった。
そう言えば昨日は帰ってきてパンを食べてから、残りの食料を確認しないまま眠ったことを思い出す。
ここにきて、昔からわかっていたはずの自分の自己管理能力の無さを再度実感する。
しかしこのまま落ち込んでいても金が入ってくることなどないのだ。
それがひとしきり落ち込んだ後での結論だった。
そうと決めると善は急げだ。というのは方便で、実際は稼がないにしてもやることがないのである。
こんな晴れた日に家でボーっとするのは明らかに不健全であり
昼間から目的もなく町をブラブラするのも何とも哀れっぽい。
というわけであかゆは一度寝室へと戻り、昨日ベッドに脱ぎ捨てられたままのジャケットを羽織る。
厚い皮製のジャケットは長く使い慣れたもので、仕事時は勿論、軽く外出する時にも着ていくジャケットだった。
元々パジャマなど着て寝る性分ではないので着替えはそれだけで終わる。
準備も終え、寝室と居間の仕切り足をかけたところで忘れ物に気づいた。
再度ベッドまで戻り、今度はベッドの布団の下に手を突っ込む。
布団の下を探ると目的の物はすぐに見つかった。
探る手が硬いものに触れると、それを布団の下から取り出す。
鞘に収められた鉄の塊を目の前に持ってくる。
 ダガーだ。片刃のダガーは無駄な装飾もなく、何処の武器屋でも売っているような
何の変哲も無い短剣だった。刀身を鞘から抜きその刀身を見る。
良く見ると刀身には細かな傷が幾つもついていたが、澄んだ輝きは失われておらず
それはこの短剣がまだまだ戦えることを主張しているようだった。
あかゆとこの短剣の付き合いは長い。ダガーを手に持ったまま押し黙る。
昨夜の夢が思い出されブンブンと頭を振る。
あんな夢をみたせいで感傷的になってしまっているのだろうか?
短剣を鞘に収め、ベルトに差し込むと「はぁ」と溜息をつき玄関の扉を押した。
やはりあかゆは感傷的になっていたのだろう。
あかゆはジャケットが、いつもより軽かったことに最後まで気づかなかった。

投稿者 lirim : 2005年04月19日 17:19

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