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2005年04月19日

第一話-2-

「はぁ~~~~~~~」
 家から少し離れた、町の中心部に向かう坂道を下りながらあかゆは盛大に溜息をついた。
8月のプロンテラは夏の暑さも去り、また肌寒くもなく快適な秋の陽気だった。
空には雲がちょこちょことはあるが、青が占める割合がほとんどで時折鳥の鳴き声が聞こえた。
「はぁ…」
 しかしあかゆの心はそんな晴れやかなプロンテラとは対照的に酷く沈んでいた。
その落ち込みようは、食料がないと知って溜息をついた時とは明らかに深刻さが違う。
あかゆはジャケットのポケットに手を突っ込む。手には硬い硬貨の感触はなく
ポケットの底に張り付いていた糸くずがカサカサと手に絡みつくだけだった。
金が無いのは知っていた。しかし一銭もないとは思わなかったのだ。
あかゆはプロンテラに流れ着いてからはトレジャーハンターを生業としていた。
トレジャーハンターと言えば今やルーンミッドガルドでは商人と並ぶほどの有り触れた職業である。
それでも子供達のなりたい職業No1なのが不思議なものだが。
しかし現実のトレジャーハンター様の財政は決して良い物ではなかった。
確かに有名なトレジャーハンターなどはお偉いさんから直々にドラゴン退治やら何やらの依頼を
承って金貨を何百枚と貰うのだろうが、そんなのは子供の夢だ。ドリームだ。大人たちが忘れた純粋な心だ
そんな自伝やら暴露本でも書いてれば印税だけで暮らしていけるような
トレジャーハンターは本の本の本の一握りであり
ほとんどのトレジャーハンターはトレジャーハンターとは名ばかりの
猫探します皿洗いますお祭りの設営しますゲームのレベル上げやっときますの何でも屋だ。
実際このプロンテラの周りにも遺跡やダンジョンが数多く存在するが
プロンテラ王トリスタンの代々伝わる、冒険者にフリーすぎる『一般への遺跡の出入り解禁』により
ルーンミッドガルドに存在するほとんどの遺跡は、良く言えば調査、悪く言えば遺跡荒らしによって
枯れた遺跡になっている。空っぽの宝箱でさえ何かの足しにはなるだろうと持ち帰られる始末。
現在そんな枯れた遺跡に向かう冒険者は、夢を持ったまま大人になったおのぼりさんか
其処に住むモンスターを倒しモンスターの体の一部を持ち帰り、国から報奨金を貰ったり
運良くモンスターの装備していた武具が無傷で手に入れば、それを剥いで持ち帰ったりなどで
生計を立てる冒険者だけだ。
嗚呼トレジャーハンター、夢は何処にいってしまったのか。多分ふかふかのベッドの枕の上だ。
 ともかくあかゆはそんな『ほとんどのトレジャーハンター』に分類される冒険者だった。
そんな冒険者は何処で依頼を得るのか?貴族や個人からの依頼を受けるのは極まれであるし
あかゆはまだプロンテラに来てから、まだ2度ほどしか季節の移り変わりを経験していなかったわけで
コネなど無い。
そんな冒険者は情報の集まる酒場で情報や流されてきた依頼を『買う』のだ。
あかゆが落ち込んでいた理由はそれだ。
あかゆは依頼や情報を『買う』金すら持ち合わせていなかったのだ。
出航以前にあかゆ船はテトラポッドに座礁していた。
生業は草の種とは言いますが、あかゆが人に自慢できるようなことは、かなり偏った知識をひけらかすことと
人より微妙に戦いなれていることだけだった。根無し草。
しかしあかゆが落ち込んでいたのはもっと深い理由からだった。
あかゆはこれからどうするべきかを知っていたのだ。
だがかつてのシーフ時代の微妙に人には言えない技術を使うのは気が引けた。
「はぁ… まぁ仕方ないか」
 仕方ないなんて言い訳に過ぎないことはわかってはいたがそう言うしかない。
ポケットから手を抜き出し、ブラリとたれ下げると秋の風がべっとりと汗ばんだ手を乾かしてくれた。
気持ちが沈んだままあかゆはプロンテラ大通りへと向かい歩いていった。

………

 プロンテラ大通りは露店商の呼び声と通りを歩く人々の声に溢れかえっていた。
町の脇には延々と露店商の出す様々な種類の店が並び、大通りの石畳にはみ出ている露店もあった。
この粗雑な露店商の並びにもっと整列しろ!との声も多いがトリスタンはまたもや
『冒険者の自由』の一言で済ませてしまった。
だがあかゆはこの人ゴミが嫌いではなかった。あまり物を買ったりする余裕も趣味もなかったのだが
暇な時に目的もなく露店を眺めて歩くのは嫌いではなかった。
それにまぁ、混雑していれば楽ではある。
一瞬そんなことが脳裏に浮かび軽く自己嫌悪する。
……ドンッ
「っとすみません」
 うつむき加減に歩いていたため通行人と肩がぶつかってしまったのだろう。
顔を上げると同世代だろう魔術師風の男を連れた騎士風の男が謝っていた。
「いやこちらこそ。よくあることです」
 あかゆがそう言うと男は一度軽く頭を下げ、連れの魔術師と雑談しながら人ゴミに消えていった。
さっきの騎士風の男や魔術師風の男だけではない。
周りを見れば騎士や魔術師、聖職者から鍛冶屋、はたまた踊り子なんかが大通りを歩いていく。
冒険者の自由を謳うこのプロンテラには世界各地から様々な冒険者や商人が集まってくる。
一説ではプロンテラの人口の半分以上は冒険者であるとも言われるが
大通りを歩くと、その説がとても信憑性があるものだと実感できる。
またナイト、プリーストなどの職業は元々由緒正しく、それはそれは堅苦しい物だったらしいが
今は戦闘術の一つとして一般に公開され
ギルドから支給される服装だけが全盛期の名残を残している。
そのためプロンテラは多種多様な人間がいるのだ。
視界の端に黒装束のアサシンが入る。
「………」
 しかし一部の職業ギルドだけは一般への技術公開を良しとせず、表向きには一般に技術を学ばせる
振りをしていても、裏で関係者以外禁制のギルドを動かし、外法の業を教えていると噂される。
あかゆはそれがただの噂ではないことを知っていた。
「……はぁ」
 何時の間にか強く握られていた拳を緩ませ、また溜息をつく。
そして少し大通りからはずれ、街灯に寄りかかるとゴミゴミとした大通りを見回した。
品定めするように通りを歩く人間を一人一人眺める。
どちらかというと裕福そうな人間のほうが心が痛まない。そんなことは自己満足に過ぎず
金銭の大切さは、裕福な人間にも裕福ではない人間にも変わらないと言うのを知っていた。
それでもやはり貧乏そうな人間からソレをするのは気が引けたのだ。
自分のこの性格に、またもや気持ちを沈みながらもあかゆは通りを眺める。
 ふとあかゆの瞳が止まる。視界の先には豪華な刺繍が編みこまれたローブを着込んだ女がいた。
恐らく魔術師だろう女は人ごみの中だと言うのに
付き従うように歩く3人の青い鎧を着た男を大声で怒鳴り散らしながら歩いている。
その怒声に流石の商人達も黙ってしまい、大通りを歩く冒険者達も距離をとっているようだ。
ローブの女はまったく周りを気にしていないようで、ひたすら従者を怒鳴り散らし
3人の従者は見てて哀れになってくるほど縮こまり、俯いていた。
共通点は4人とも完全に周囲を警戒していないことだろう。
あかゆは寄りかかっていた街灯から体を離すとプルプルと掌を振り、掌に付いた汗を落とす。
そして一度拳を握り、開いた。
「よしっ」
 あかゆは大通りにでた。
正面20メートル先にはローブの女。あかゆはそのまま歩き始める。
すれ違う人を避けながらもローブの女が正面に来るように歩く。
ローブの女も従者を怒鳴り散らしながらあかゆのほうへと歩いてくる。
距離が近づく。8メートル、5メートル、2メートル…
………
 ローブの女とすれ違う。女はあかゆに無関心のまま、従者に怒鳴り散らしながら歩いていく。
あかゆは振り返らないまま大通りを歩き、女から離れていく。
数えて30歩ほど歩いたところであかゆは後ろを振り返った。
女の姿はもう完全に人ごみに消えている。
それを確認するとあかゆは大通りからはずれ一度立ち止まり「はぁ…」と溜息をついた。
あかゆはジャケットのポケットに手を入れながら路地裏へと入っていく。
先程まで糸くずの感触しかなかったポケットには、確かな硬貨の固い感触と
それを包む革製の財布の感触が加わっていた。

投稿者 lirim : 2005年04月19日 17:20

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