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2005年04月19日

第一話-5-

「ゲフェンが落とされた……か」
 あかゆは、プロンテラ東門近くの街灯に寄りかかり、先程のギーガの話を反芻していた。
普段着のまま酒場に来ていたギーガは、準備をしてくるといって一旦家に戻っていた。
いつもは町から町へと渡り歩く商人や、冒険という言葉に胸膨らませた駆け出しの冒険者達で
賑やかな筈の通りも、今は息を潜めたかのように静まり返っている。
たまに通りかかるのは冒険者風の身なりの人間だけだ。
大通りを変わらぬ活気を見た時には気づかなかったが
人々が町からでることを避けているのは確実だった。
街灯に寄りかかったまま、空を見上げる。
青々と晴れ渡る空には、暖かな太陽が浮かんでいる。
その眩しさに掌をかざすと、ギーガの話が人を驚かすための悪ふざけにすら感じる。
しかし唯一嘘を付いていい日とされるふざけた1日も、数ヶ月も前に過ぎ去り
ここから見る、通りの寂しさがギーガの話が真実だと言うことを証明する。
「すぐに信じられるものじゃないよなぁ…」
 視線を下界へと戻し、長い溜息をつく。
ギーカから聞いた話はこうだ。
2日前ゲフェンが突然武装した集団に襲撃された。
突然都市内に出没した集団は戦い慣れしており、ゲフェン正規兵も歯が立たず
瞬く間に重要施設を制圧。ゲフェン中央に位置する塔
ゲフェニアダンジョンを封印するために建造された封印塔ゲフェンタワーを制圧した武装集団は
ゲフェニアを封じ込めていた結界を、都市全体を対象に発動。
外からの干渉を完全に断ったゲフェンは、今もなお占領状態のままだ。
 それがギーガから聞いたゲフェンに起きた大事件の全容だ。
字面にすれば、たった4行にすぎない大事件は、長く平和が続いたルーンミッドガルド中に
瞬く間に広まり、何の要求もないまま沈黙を守る武装集団に、各都市の人々は不安を隠せずにいる。
つまりは皆「次は自分達ではないのか?」という心境なのである。
あかゆはその話を聞くとギーガに
「だけど、正規のゲフェン兵がテロリスト相手に、そう簡単にやられるものか?」
 と言った。するとギーガは溜息をついて
「何百年も戦争も起きていないこのルーンミッドガルドで、正規の兵士が役に立つと思うか?
 対人戦を想定していると言っても、たかだか暴動の鎮圧が関の山だ。
 プロンテラ騎士団を見てみろよ。あれが俺達を守ってくれると思うか?
 そこに立っている立派な軍帽をつけたナヨナヨした顔の兵士を見てみろよ。
 あれが戦場で、殺し殺される姿を想像できるか?」
 と答えた。その言葉はいつも気楽なギーガに似合わず、とても憎憎しげだったことを思い出す。
ギーガが、なぜかプロンテラの正規騎士団の話になると、見てて分かるほど嫌悪感を示すのを知っていた。
だがギーガの私的な感情を除いても
確かにあの騎士団がプロンテラの人々の命を守れるとは思えなかった。
「刺激が欲しい。人を殺してみたい。この世界が腑抜けている。
 なんてのは、世界が平和だからこそ言える言葉なんだろうな」
 というのは、あかゆの問いへの答えの最後に、ギーガが呟いた言葉だ。

「う~む」
 声に出して唸りながら、腕を組む。
しかしやはりおかしい所があるのだ。
ゲフェン兵達は『何百年も戦争も起きてないルーンミッドガルドで』腑抜けてしまった。
それはわかる。
だがならば武装集団は『何百年も戦争も起きてないルーンミッドガルドで』戦い慣れしていたのか?
同じ世界に住んでいる以上武装集団も
『何百年も戦争も起きてないルーンミッドガルド』で暮らしてきたはずだ。
生存者の誇張だろうか?しかし現にゲフェンは落とされたのだ。それは事実である。
疑問点その2、正規兵が役に立たないのは納得ができる。
しかしゲフェンはプロンテラには及ばないながらもルーンミッドガルドの主要都市の一つである。
勿論プロンテラと同じように冒険者に依頼を頼むクライアントがおり、仕事を斡旋する酒場の一つや二つ
あるはずであり、それを利用する冒険者達がいるはずなのだ。
確かに、組織的な対人戦に慣れていないとは言え、凶悪なモンスターの屍を幾つも築き上げてきた
冒険者達が、そうも簡単に倒されるものだろうか?
そして最後に
「エンペラー・オブ・ユニバースねぇ…」
 ギーガが話している途中何度も顔を出した、武装集団の名を口に出し苦笑する。
ルーンミッドガルドの歴史に残るような大事件を起こした、その組織の名前は
2日前ゲフェンが襲撃されるまで誰一人知るものがいなかった。
規模不明。目的不明。組織構成不明。首謀者不明。
何処から来たのかすらわからない、その集団の存在は2日前まで酒場の噂にすら上らなかったのである。
「宇宙からの侵略者だったりしてな…」
 あかゆは冗談を言いながら又空を見上げた。頬を思い切り捻れば
ベッドの上へと吹っ飛んでいける気がした。
ふとゲフェンの方角の空を見ると、黒々とした厚い雲がとぐろを巻いていた。
その暗雲はまるで、プロンテラへと迫っているかのように錯覚する。
「まさかな…」
 その時、遠くから自分の名を呼ぶギーガの声が耳に届き、あかゆは視線を下界へと戻した。
暗雲は確かにプロンテラへと迫っていた。

………

 ガサガサと草をより分ける音だけが耳に届く。
青臭い草の匂いと、土の匂いが香る。
草木の合間から漏れる太陽の光が身体を照らす。
木立の隙間から涼しい風が運ばれてくる。
ギーガと合流したあかゆは、プロンテラ東門から街道を避け、道のない森を進んでいた。
マスターの言うとおり、騎士団が調査を行っているせいか北門は封鎖されていたため
街道を辿って進んでも恐らく騎士団関係者に見咎められるだろうことからの選択だった。
あかゆの前で草をより分けながら進んでいるギーガは、銀というより鉄色に鈍く光る胸当てや
ガントレットで全身を固め、背にはやはり鉄色のシールドを背負っている。
元は華やかな真紅だったのだろうマントも、足元に近づくにつれて、擦り切れ、色がかすれている。
他の武具類を見ても、武具全てが持ち主が長く使っていることを示していた。
 そして草をより分け、歩行を邪魔するものがなくなった道を進むあかゆは
一枚の茶色い紙切れと睨めっこしながら唸っていた。
まだ日が高いのに薄暗い森の中は、生き物の気配を感じられない。
その中を二人は黙々と歩く。
「おい、あかゆ。まだ着かないのか?」
「うお!盾が喋った!」
「………」
「冗談だ…」
 こんなやり取りをかれこれ5回は繰り返していた。
恐らくギーガも薄々感づいていたのだろう。地図を見ていたあかゆは勿論気づいていた。
周りを見ると心なしか、木の密集度が増し、行く道を遮る草の背が高くなってきている気がした。
「流石に、もう着くぐらいの距離歩いてないか?」
 目の前の盾……じゃないギーガが話しかけてくる。
あかゆはそれに答えずに、片手に持ったペンの先で頭をポリポリと掻いた。
ペンは地図に道程を書き込むためのものである。
あかゆはプロンテラを出発してから、ずっと地図に進んできた道程を書き込んでいた。
しかし地図の東門から11時方向へと向かって伸びる1本の線は
目的地である赤い点を越えて、プロンテラ北の迷宮の辺りまで延びていた。
それは二人がプロンテラ東門から
プロンテラ北の迷宮まで辿り付ける程の距離を歩いているということである。
まぁ簡単に言うと
「すまんギーガ。道に迷った。」
 ということだ。
その言葉にあまり驚かずに、肩をすくめたギーガもやはり迷っていることに気づいていたのだろう。
「やっぱりか…」
 ギーガが脱力する。立ち止まりあかゆに向き直ると「どうする?」と聞いてくる。
しかしあかゆにも、特に打開策があるわけではない。正直に述べただけだ。
「とりあえず歩くしかないだろ…」
「そうだな…」
 肩を落としたまま、歩き始める。
ガサガサと草をより分ける音だけが聞こえる。
地図を手放し、手持ち無沙汰になったあかゆはゲフェンで起きた事件。
エンペラー・オブ・ユニバースのことを考えていた。
「なぁ、あかゆ。さっきの話だが」
 迷っていると分かった分、逆に気楽になったのだろうギーガが話しかけてくる。
それでも歩みは止めない。
「エンペラー・オブ・ユニバースのことだ。ゲフェンには冒険者もいただろうとかの話…」
「へっ?」
 丁度考えていたことを聞かれ、声が裏返る。しかしよく考えればこれだけの大事件だ。
自然に話題になりやすくなるだろう。
「ちょっと信憑性といか頼りないというかで黙ってたんだけどな…」
 ギーガの口から信憑性という言葉がでるとは思わず、つい噴出してしまいそうになるが
真面目な話のようなのであかゆは黙って聞くことにした。が
「おっ!」
 しかしあかゆは声を上げた。ギーガもあかゆへと振り返り、不思議そうな顔をしていた。
あかゆの視力は常人離れしている。あかゆは前を歩いていたギーガさえ気づかない
遥か前方の木立の隙間から覗くクリーム色に気づいた。
あかゆはそのまま走り出す。ギーガも事情を掴めないままそれを追う。
走る途中で森が途切れ、二人は緩やかな傾斜の崖へと出た。。
立ち止まった二人の眼下には、クリーム色の石造りの遺跡が広がっていた。

投稿者 lirim : 2005年04月19日 17:25

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