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2005年07月31日

第一話-8-

 僕がはじめて「他人」というものを意識したのは何時だっただろう?
僕は幼い頃に「両親」というものをなくしたらしい。
でも、その「両親」というのが、何なのかすら、あの頃の僕には分からなかった。
それに、知りたいとも思わなかった。
いや、ちょっとだけ違う。
僕はそんなこと考えている暇がなかったんだ。
僕は毎日、かびたパンと、腐りかけたお肉に、しなびれた野菜を探して、町中のゴミ箱を回るのに
忙しかったから。
大抵は町中のゴミ箱を回れば、食べ物を手に入れることが出来たから、生きることが出来たから
だから僕は他人というものが必要なかったんだろう。
 俺がはじめて「他人」というものを意識したのは何時だったろう?
体を大きくなって、ゴミ箱から見つかる食料だけでは足りなくなってからか?違う。
俺が「他人」というものを意識したのは…
そう…、それはもっと、もっと遠い…。

…………
………
……

「………」
 ゆっくりと目を開く。おぼろげな視界。
その先に見えたのは、慣れ親しんだ、人面に見える天井の染み…
(じゃない!)
ハッキリと戻った視界の先には、ポッカリと大きな穴が開いた高い天井があった。
目覚めは最悪、異常な事態に慌てて身を起こす。
「っつぅ……」
 直後に頭に鈍痛が走り、こめかみを押さえる。
(堪ったもんじゃないな…)
 その痛みは、明らかに落下の衝撃による痛みではなかった。
それは外から加わる痛みではなく、むしろ頭の内側から来るような…。
そう、目覚める直前まで見ていた夢のせいだった。
「ったく… 朝といい、一体何なんだ…」
 眉間に指を当てながらぼやく。
その夢は嫌でも、今朝の夢を思い出させる。
その夢も、あかゆの過去の夢だったから…。
「………」
 眉間を指で押さえたまま、あかゆは目を瞑る。
今まで一度も見なかった過去の夢を、1度ならまだしも2度も続けて観る…。
それは既に、あかゆには偶然に思えくなっていた…。
(なら何かの予兆だってのか?馬鹿馬鹿しい…)
 そう思いながらも、あかゆの胸の中には何か大きなしこり、悪い予感が消えない。
「はぁ…」
 考えがまとまらないまま溜息をつく。無理矢理それらを身体の奥底に押し込める。
今はそんなことを考えている状況ではないのだ。
考えてみれば、今自分が置かれている状況すらわかってない。
(夢なんかで、我を忘れるなど、なんて迂闊だ)
 心の中で自分を叱責しながら、現在の状況を把握するため、周囲の様子を窺う。
上半身を動かすと、身体からパラパラと砂粒が落ちる。
ある程度落ち着いてくると、同時にここに至るまでの経緯も思い出していく。
(そうか… ガーディアンを倒して… 急に地面が揺れて…
 ………気絶したのか)
 とりあえず今自分が動ける状態であることに感謝しながら、周囲をキョロキョロと見回す。
周囲には形の様々な瓦礫が散らばっている。
その中にはあかゆの身長すら越えるような大きな瓦礫さえ確認できる。
次にあかゆは、もう一度天井をみる。
天井に開いた穴は、あかゆの家の寝室が丸ごと一つ入ってしまうほどの大きさで
その向こうには、果てしなく暗闇が続いている。
恐らく何階層も突き抜けて、この部屋まで落ちてきたのだろう。
「………」
 急に悪い予感にかられ腕をブンブンと振ってみる。
ああ…、大丈夫だ…、ちゃんと動く。
「………」
 脚を思い切り伸ばしてみる。
ああ…、大丈夫だ…、透けてない。
もう一度周囲を見回す。
(もしかして… 無傷なのって… すごい運がよかったのか…?)
 周囲に目を凝らすと、散らばる瓦礫の中に、銀色の破片が幾つも混じっていることがわかる。
それは自分が破壊したガーディアンの欠片だ。
バラバラになっているだけではなく、その破片は衝撃でへこんでいたり
鋭利な瓦礫に衝突したのか、穴が開いてしまっているものもある。
「………」
 背筋に冷たいものを感じながら立ち上がる。
今の時代、死んだら生き返れると思っている良い子達が3割を超えるらしいが
流石に俺は、そこまで気楽な人間には、なれないらしい。

………

服に付いた砂埃を払いながら、身体に異常がないか、一箇所ずつ細かに確認する。
(何ともないか…)
 身体に異常がないことを確認すると、幾分か思考に余裕がでてくる。
(とりあえずは… 現在位置の把握と… ギーガとの合流か…)
 もうガーディアンとの戦いには間に合わないだろうが、やはりそれでも早く合流するに越したことはない。
又、ガーディアンと鉢合わせでもしたら、流石に次も勝てるという確証はない。
現在位置の把握をするにしても、ギーガと合流するにしても、とりあえず動こう。
そう結論を出し、歩き出そうとジャケットに手を突っ込む。
「……ん?」
 違和感。ジャケットに突っ込んだ右手をニギニギと動かす。
しかし、あかゆのてのひらは、そこにあるべきはずの物を握ることはない。
「っとそうか…」
 すぐに見当が付き、周囲を見回す。
目的のものは果たしてすぐ見つかった。
積み重なった瓦礫と瓦礫の隙間。そこにガーディアンの、くすんだ銀色とは明らかに違う
澄んだ白銀の塊が光っている。
地面に這い蹲り瓦礫の隙間に、手を伸ばす。
「ふぅ… 感動の再会… 7年ぶりの雪の町っと…」
 立ち上がったあかゆの手には、ガーディアンとの戦いの最中に投げ捨てたダガーが握られていた。
先程の戦いで酷使したせいか、ダガーの刀身は刃こぼれ
元々多かった微小な傷も、その数を増やしている。
(そろそろ、こいつも寿命なのかもな…)
 軽く感傷に浸りながらもダガーをジャケットに入れる。
「さてと… 得物も取り戻したところで本格的に行動開始か」
 俺もしかして独り言多いか?と心の片隅で思いながら、今度は視野を部屋全体に広げる。
そしてあかゆは、今更ながら、今自分がいる部屋が、今まで見てきた部屋と様子が違うことに気づいた。
 先程天井を眺めた時にも感じたことだが、まず天井がとても高い。
何階層も突き抜けて落下してきたことや
ガーディアンと戦闘した部屋も地上からそこそこ離れていることを考えると
この部屋はかなり深い位置にあるはずだ。それなのにこの天井の高さ。
 そしてもう一つは、部屋の広さだ。周囲の瓦礫の山に視界が遮られていたことで気づかなかったが
この部屋の広さは、今まで見てきた部屋とは比べ物にならない広さであり
部屋というよりは広間といった方が正しい。
広間には等間隔で、天井まで届く太い石柱が聳え立ち
石柱に掲げられた松明は、やはり魔法か何かの力だろう
人が手入れした様子もないというのに赤々と燃えている。
 今までの部屋とは、明らかに規模が違うことや、その異質な雰囲気から考えるに、この広間が
この遺跡にとって、重要な施設、あるいは中間地点であることが想像できる。
いや、もしくは…
(この遺跡の最下層なのかもしれないな…)
 思考を巡らせながら広間の観察を続ける。
「ん?」
 広間を注意深く観察していると、広間の奥に、やけに明るい一角があることに気づいた。
その淡い黄色の光は、明らかに松明の明りとは違う。
それは何処か神秘的な…、暖かな…、包み込んでくれるような柔らかな光だった。
あかゆは光に誘われるように、光源に近づいてく。
意識はハッキリとしているというのに、足は止まらない。
いや、意識はハッキリしているのだから、それはあかゆ自身の意思で足を進めているのだろう。
一歩一歩、確かな足取りで近づいていく。

………
……

 ふと、あかゆの足が止まった。そして頭上を見上げる。
あかゆの目の前には、高く天井まで続く大きな石扉が聳え立っていた。
人間一人の力では絶対に動かないであろう石扉は、その顎門を閉じながらも
そこからは、押さえ切れない淡い黄色の光が漏れだしている。
この奥に何かがある。それは確実に思える。
自然に足が進みそうになる。
 その衝動を抑えこんで、あかゆはもう一度考える。
確かにこの奥には何かがある。だがどう考えても、この扉の先は遺跡の奥へと続く道だ。
自分はまず、何をするべきだったのか?それはまずギーガと合流することのはずだ。
(はず… なんだが…)
 衝動を抑えきれず、足が動き出す。頭はハッキリとしている。だが足は止まらない。
それは、純粋にトレジャーハンターとしての好奇心だったのだろうか?
あかゆにはわからない。
ましてやあかゆには「今まで一度も見たことがなかった過去の夢を、二度も見た」が
この出会いの予兆だったなどとは、考えすらできなかった。
 そしてあかゆは、物語の始まりの扉に、手をかけた。
人間の力では、決して開くことができないその扉は、あかゆが手をかけた瞬間
ゆっくりと開いていく。力を加えずとも、見えない力でゆっくりと…。
そして物語は幕を開ける。


フェンリル・エクスペディション
~ あかゆさんの冒険 ~

投稿者 lirim : 2005年07月31日 08:32

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